

With HANDSOMUSE vol. 17
持ち前のバイタリティが生んだ
働く女性を輝かせる服
― ファッションデザイナー 小川彰子さん 前編

小川彰子Akiko Ogawa
大阪府生まれ。桑沢デザイン研究所を卒業後、企業デザイナーを経て独立。2001年に「a primary AKIKO OGAWA(ア プライマリー アキコ オガワ)」を立ち上げ、 2005年にブランド名を「AKIKO OGAWA.(アキコ オガワ)」に変更。ニューヨーク、パリでのコレクション発表経験も持つ。2016年からはランジェリーラインもスタート。
www.akikoogawa.com
今回ご登場いただいたHANDSOMUSEは、ファッションブランド「アキコ オガワ」のオーナーデザイナーの小川彰子さん。シグネチャーは、構築的なフォルムとカッティングにこだわったマスキュリンなテーラードジャケット。移り変わりの激しいファッション業界のなかで、エグゼクティブウーマンに向けたファッションのビジネスモデルを確立しています。働く女性の支持を集める、洗練されたムードに女性らしさを融合させたスタイルはどのように生まれたのでしょうか。前編は小川さんの仕事のキャリアから、クリエイションの裏側をひもときます。
とにかく昔から物をつくるのが好きでした。一般的に女の子の場合、娘の服選びは母親の楽しみのひとつだと思いますが、我が家も同様で、私にいろいろな服を着せて着せ替え人形のようにしていたようです。かわいい服を着せられていくうちに、私も「こういう服が着たい!」と自我が目覚めてきて、小学校高学年の頃には、夏休みの宿題に母親と一緒にワンピースをつくったりしていました。
小さい頃から、絵を描くのがすごく好きで美術は得意課目でしたね。自分でいうのもなんですが、立体を平面に見立てる能力に秀でていると思います。例えば、帽子をつくる課題もぱぱっとできるんです。今も立体を掌握して、すぐに型紙化ができるので、そこは昔から得意だったんでしょうね。
デザイナーを目指したきっかけは、中学生時代のDCブームの影響。洋服にとても魅力を感じて、デザイナーになりたいと思いました。その頃の同級生は「本当にデザイナーになったんだね!」と驚くので、周囲にも公言していたんでしょうね。

DCブームが日本のデザイナーズブランドからインポートへ広がり始めた80年代後半、 ちょうど高校時代に出会ったジャンポール ゴルチエやキャサリン ハムネットに大きな影響を受けました。彼らがつくるエッジの効いたモード系の服に夢中になって。とにかくゴルチエは、構築的なジャケットが魅力的でした。
高校卒業後は、生まれた大阪から美大を目指して東京の桑沢デザイン研究所へ。その頃一般にはディスコが流行っていましたが、私たちはクラブ派。学校の仲間たちは、やはりゴルチエで格好よく決めて出かけていました。 夜遊びといっても、学生なのでごくたまに。カルチャーとして、楽しむのは好きでしたね。

当時ジャンポール・ゴルチエとライセンス契約しバックアップしていたのが、日本を代表する大手アパレルメーカー。私はその会社に入って、絶対にゴルチエの企画を担当する!と意気込んでいました。第二次ベビーブームの団塊世代なので、希望者も多く超難関でしたが無事合格。
念願叶っての入社だったので当然、ウキウキで希望を持って出社し始めたわけですが。エピソードには事欠かないですよ。あるとき、会社の研修でランニングをしなくてはならなかったのですが、当時のモード好きはスニーカーなんて持ってもいなかったので、私は真っ黒で重い印象のドクターマーチンのブーツで走っていたんです(笑)。アパレルといえども、大手は一般企業に近いので、会社で少しだけ浮いた存在だったかもしれませんね。
コンプライアンスなんてない時代ですから、いろいろな意味で厳しいこともありました。 社内に数あるブランドでも、売れるデザイナーと売れないデザイナーで扱いがまったく違って。そうすると社員旅行にもブランド格差が生まれるという。けれど思い返すとあのときの経験がなければ、いまこうしてデザイナーとして独立はできていないかもしれません。デザイナーといえど、売り上げに対する意識を持たなければならないということを植え込まれました。
今はわかりませんが、当時は思いが強すぎるとうまくいかないと、あえて希望部署から外すという企業人事のセオリーがあったように思います。結局私は、あれほど熱望したゴルチエには配属されず、デニムブランドの担当に。そうなると持ち前の負けず嫌いが発動して、とにかく自分がデザインした服は絶対に売ってみせる! と心に決めました。そして結果を出すべく邁進。新しい刺激を求め転職した2社目で、さらにキャリアを積んだのです。

そろそろ企業デザイナーも卒業し、夢だった自分のブランドを持ちたいと考え始めました。28歳という年齢もあり、もし3年やってうまくいかなくても31歳なら、逆戻りできるかなと。母に投資してもらい、ほとんど一人で始めました。大手に在籍していたキャリアは融資、生産にも好都合でした。おかげさまで初回の展示会から、外資系セレクトショップや一流百貨店からのオーダーをいただいて、自転車操業でしたがうまくスタートを切ることができました。
そんななか、最初の会社で目をかけてくれていた先輩からの推薦で、また違う大手アパレルと業務提携して「プライマリー アキコ オガワ」というブランドを立ち上げました。その頃の大人の女性市場は、若いかマダムかの2極のマーケットしかなかったのです。マダム層の需要が大きかったこともあり、ターゲットはブリッジと呼ばれる中間層の少し上に。格好いいテーラードスーツで勝負に出ました。
私も一人の女性として、会社経営を始めて気づくことがありました。例えば銀行で事業計画書を見せて、融資のお願いをするような場面も生まれます。相手が男性だと下に見られてはいけないという意識も。やはりいろいろなシーンで見た目が大事だと実感しました。

「アキコ オガワ」2025SSコレクションより。全身バランスが美しく見えるショートジャケット。
また仕事服にフォーカスしてきたのは、洋服でキャリアウーマンを応援したい気持ちもあるからです。そこで打ち出したキャッチフレーズが“見た目年収2000万円”のスーツ。キャリアウーマンの顧客が多く、外資系企業や金融の営業職となると、関わるお客様は社長職などステイタスのある男性なんですよね。見た目で相手に不安を与えては、何億もの投資の話はできない。それで商談には私のスーツがいいと、決めスーツとして人気が上がってきたのです。
クリエイションとしては、360度きれいに見えることがコンセプト。生地やパターンにもこだわっています。冒頭にお話しした立体を平面に落とし込む能力が効果を発揮しました。また学生時代に習得したオートクチュールの授業で、皇室関係のデザインをされていた方から学んだ立体裁断もポイント。そのうえでシルエットが表現できる上質素材を、オフィシャルに映える抑えたカラーリングで仕上げています。
最近ではドレスも多くデザインしています。といっても、いわゆるパーティーの服ではなくてビジネスイベントのオケージョンもの。なかにはガラパーティーでブラックタイというドレスコードもあります。その場合、女性はフルレングスのドレスが基本になりますが、立場的にひらひらしたフェミニンなドレスはふさわしくない。そういったシーンで人気となっているのがジャンプスーツです。これにテーラードジャケットを合わせてもスタイリッシュ。華やかでおしゃれです。

「ベルシオラ」の新作カーブコレクションのイメージヴィジュアルでコーディネートさせていただいた、「アキコ オガワ」2025SSのジャンプスーツ。
顧客は着るだけでスタイルがよく見えると、試着室から出てきたときに顔がパッと明るくなる。すごい素敵に見えると自信が生まれます。やる気も出るし、楽しくなるし「この服を着て明日から頑張ろう」と思えるので、そこに服を買う醍醐味がありますよね。
ブランド創立から今年で24年経ちますが、テーラードジャケットを軸としたコンセプトはブレずにきています。スタート時の28歳だったお客様は今はもう52歳。営業からマネジメントダイレクターに出世されたり、起業され社長をされている方もいます。ファッション愛好者というよりは、アカデミックな方が多い。そういう形でライフシーンも広がりをみせるお客様の変化に合わせて、ジャケットやスーツ以外のバリエーションも増えてきました。
海外ビジネスに挑戦したこともありますが、日本らしさを売りにするか、向こうの女性のニーズにフィットしたものか、どちらかでないとビジネスは難しいですね。後者だとサイズを8展開くらいに増やさなくてはならないので現実的ではない。欧米人は年取っても女でいたいけれど、日本の女性は年を重ねると控えめにしたいという女性観の乖離も大きいです。

NYコレクションのバックステージ。「アキコ オガワ」2009SSコレクションより。
やはり大事なのは自分らしさの軸。日本人は自己を肯定する力が、少し弱い気がします。 夫がイギリス人なので、息子はインターナショナルスクールに通学していますが、海外は教育から違います。日本はどうもあれはダメ、これはダメと否定から入ってしまう。若い世代が会社を辞めるのに、どこかに頼んで代行してもらうなんて話を聞くと心配になります。
社会ももっと、それが実現できるような環境にならなくてはと思います。日本は女性の役員が少なすぎますね。執行役員にはなれても取締役はなかなか難しい。「アキコ オガワ」の服をまとって活躍するエグゼクティブウーマンがもっともっと増えてほしいですね。
私にできるのは、服をとおして自信を持ってもらうこと。人生のさまざまなシーンで、いろいろ考えて服を選ぶと思います。多様性が重視される時代ですが、あまりにもカジュアルなのはよくない。品の良さだったり、お行儀の良さが日本のいいところ。それをしっかり持ちながら、しなやかな美しさという日本の美学を忘れずにいたいですね。