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With HANDSOMUSE vol. 19 ― パティシエ 加藤峰子さん 公開中

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With HANDSOMUSE vol. 19

美しいスイーツに込めた
未来の日本への思い
― パティシエ 加藤峰子さん 前編

25.12.26

加藤峰子Mineko Kato

東京都生まれ。幼少期から海外生活を送り、デザイン、美術、現代アートやモノづくりに興味を持ち、食の分野からパン・お菓子の道を選び進む。「ブルガリ ホテル ミラノ」「オステリア・フランチェスカーナ」など、イタリアの名立たるミシュランスター獲得店にてペイストリーシェフを務める。 2018年より「ファロ」のシェフパティシエに就任。2024年「アジアのベストレストラン50」で「ベスト・ペイストリー・シェフ賞」を受賞。一般社団法人日本サステナブルレストラン協会理事も務める。

今回ご登場いただいたHANDSOMUSEは、東京・銀座のイノベーティブイタリアンレストラン「FARO」のシェフパティシエを務める加藤峰子さん。両親の仕事の関係で、幼少期から海外で長く過ごし、イタリアの大学を卒業後、世界的モード誌「VOGUE ITALIA」の編集部勤務などを経て、パティシエのキャリアをスタートされました。2018年、現職のオファーを機に日本に拠点を移し、レストランでの仕事はもちろんのこと、和菓子ブランドの立ち上げ、飲食業界の環境や人権など社会問題解決に向けた活動も行うなど、八面六臂の活躍をされています。前編では、パティシエのキャリアを築くまでの経緯や食に対する思考など、美しいスイーツが伝える本質について伺います。

両親が外交官で、幼少期から海外で暮らしました。なかでも気候がいいイタリアで長く過ごすことに。大学を卒業した後、「VOGUE ITALIA」編集部で2年半ほど働きました。インターナショナルな出版社という安心感からの選択でした。

ある日、バスで通勤する見知らぬ人の姿が、なんだか楽しそうで不意に涙がこぼれたんです。仕事に対して迷いがあるなかで、生きがいを見つけたいと思っていた時期でした。それを機にパティシエを目指すことにしたのです。もともとお菓子づくりが好きだったので、趣味を仕事にしてみようかなと。

お菓子づくりに初めて興味を持ったのは14歳くらいでしょうか。ケーキ、クッキー、チョコレートなど、レシピ本を見ながらつくっていました。私は論理的な部分が強いので、お菓子は化学反応からできるというプロセスや実験的要素がおもしろいと思っていました。加えてアートも好きなので、それと近しい美意識の表現であることも魅力でした。

最初に勤めたのは、イタリアの小さなパティスッチェリア。農家で食材を自ら調達して、ひとつひとつ丁寧につくることをイメージしていたのですが、現実はかなり異なるものでした。冷凍したパーツを重ねて、また型に入れ冷凍して、当日解凍して提供するという工業生産的な製造工程で、フレッシュなものはありませんでした。これは私がやりたいこととは違うなと感じたのです。ジュエリー製作にも通じる部分があると思いますが、お菓子づくりも職人技を感じるアートピースのようでありたいなと。

新たな道を模索するなかで、広い視野を養えるホテルで研鑽を積むことにしました。ちょうど「ブルガリ ホテル ミラノ」開業のタイミングで、ホテルでの経験はなく、パティシエのキャリアも短いながら、やる気を買われて採用されたのです。

パティシエ初心者にとって、ホテルでのレストラン経験はサービス業の全体像を知ることができて有益でした。スイーツづくりを通して、ルームサービス、朝食、ブランチといったレストランの営業をすべて担当できたので。ジュエリー製作も金工職人、宝石専門職、デザイナーなど分業システムだと思いますが、全体で把握したうえで細部を行えるとやはり仕事の質も高くなると思います。

ずっと日本に憧れていたので、イタリアから帰国する際、日本への飛行機に乗るだけで幸せでした。美しい描写の文学、金工や陶芸などの伝統工芸などが放つ日本の美意識はすばらしく、「いつか日本で暮らせたなら」と思っていました。

そういう気持ちもあって、日本に拠点を移すことを計画していました。別のホテルへの転職を考えるなか、現在勤務する「FARO」からのオファーがあったのです。レストランの母体である資生堂は好きな会社でもあり、企業誌の「花椿」や、資生堂のクリエイティブチームの先見性にも惹かれていました。その会社で「FARO」のプロジェクトはイノベーティブなものだったので即決。立ち上げの2018年から携わって、かれこれ7年半近く経ちますが、自由に表現をさせていただいてます。現在は「FARO」の仕事以外に、自身の会社の業務も並行して行っています。

毎日のタイムテーブルは、朝は自分の会社の仕事、そこから可能なときは温泉があるジムで朝のバスタイムを楽しみます。それから11時ぐらいにレストランに入り、仕込みをします。デゼールはコースの最後なので、ランチでは13時くらいがようやく本番。その後、外出してアポイントをこなし、夜はまたレストランへ。

個人的な食の嗜好は植物性中心ですが、ヴィーガン食ではありません。趣味は読書、それから聴く専門ですが音楽も好きです。ジュエリーは自分で買うよりも、家族や大切な人に頂いたほうが大切にするように思います。宝石としての価値以上のものを持っている気がするので。

やはりおいしいものをつくるには、食経験の豊富さがすごく重要だと思います。どれだけテクニックを勉強しても、味覚的鋭さに近づかなければ難しい。家庭環境的には恵まれていたので、さまざまな国の料理を味わい、味覚の積み重ねができました。今の仕事には影響が大きいことなので両親に感謝しています。

脳はコンピューターのようになっていて、体験した感覚や経験はずっと蓄積されるといいます。経験が多いということは、たくさん引き出しを持っているといっても過言ではありません。その有無で食の選択が全く違ってくる。だから感覚要素の引き出しが多ければ多いほど、美食に近づけるので、食育はとても重要です。

私のお菓子づくりは、文脈から決めて構成しています。思考デザインに近い感じかもしれません。その文脈を深掘りしてリサーチします。例えば年一回、森をテーマにしているのですが、どこにフォーカスするか、まず森を調べに行きます。日本はイタリアと同様に南北に長い国なのに、なぜ北と南で景色が変わらないのか疑問でした。すると日本の森の国土は67%が森林で、その40%は人工林でほぼ放置林だったのです。それによる影響まで調べていきます。

ヒノキをよく使いますが、香るとすぐに日本を想起させます。そのヒノキは放置しておくと、生態系が崩れてしまう植物です。高木なので上に伸びていき、空を枝が覆ってしまって、光合成ができないので下木や下草は生えてこない。だから間伐しないと生態系が守られないという矛盾が起きています。戦後の政策によるところも大きいと思いますが、日本の場合はそれをまず整備していかないと。

そういうことを食を通して伝えたいと思っています。日本人が宝にしているものは、当たり前にそこにあるものではなくなっています。だからこそ、背景を踏まえて価値あるクリエーションしていきたいと思います。食べて何か情報を得るというのは、真髄を見ないとわからないと思っています。メッセージを押し付けたくはないですが、食べた後に何かの気づきが自分を進化させる、成長のきっかけになればいいなと思っています。

2026年1月号から、日本で最も歴史ある女性誌「婦人画報」で連載がスタートしました。普通の女性誌にない文化的な部分での価値づくりをされている素敵な雑誌なので、今から楽しみにしています。先立って2025年12月号では、「FARO」で7年間で3万個近く提供してきたデセールが表紙になりました。

この「花のタルト」は、私たち日本人のDNAでもある、山と海と川と人間と自然が循環する日本の里山文化から着想しました。消費社会で少し忘れられたライフスタイルですが、そこに未来への指針があると考えたのです。使っているオーガニックな食材は、人里離れた土地で高齢の方々がつくられているものが多い。そう考えると、50年後には存在しないのかもしれません。

春先に視察に行ったら、花が咲き乱れていて本当に美しく、その景色を日本各地の食用花でタルトに仕上げました。とても華やかなデセールです。例えば入り口はビジュアルであっても、そこから食の未来を考えてもらえれば嬉しいです。