With HANDSOMUSE vol. 5
“知る”が誘う
新しき世界。
古泉 洋子Hiroko Koizumi
ファッションエディター。
婦人画報社(現ハースト婦人画報社)ほか出版社に勤務。さまざまな雑誌編集部に在籍しファッション企画を担当後、フリーランスに。
インターナショナルなモード誌から女性誌まで幅広いターゲットの雑誌で、スタイリングも担うエディターとして、また雑誌のファッション部門全体のエディトリアルディレクション、カタログのヴィジュアル制作も手がける。
“知る”が誘う 新しき世界。
幸い好きなことを仕事にできたので、仕事そのものは時間がかかっても、多少大変でもあまり苦になりません。ただ会社組織にどっぷり入り込むのは向いていなかったことでも明白ですが、私は毎日変わらず同じことを繰り返すことが不得意です。だから日々決まって行うルーティンはありませんが、一日が終わった時に「こうすれば良かった……」という後悔をできるだけゼロに近くするように、まずその日その日を全うすることを心がけています。
趣味を持つ意味
自由だからこそ、規律を保ち、タイムマネージメントをするのも自分。たとえ現状のような予期せぬできごとや精神的なダメージがあろうともモチベーションを上げていくのも自分しかいません。そんななかで原動力となっているのは好奇心です。興味のセンサーが動いたものを「もっと知りたい」という欲求に突き動かされるように調べ、入り込むこと。ひとつずつ扉が開くように、新しい発見が連鎖していくことの楽しさといったら! 推理小説を読み進めるうちに事件が解決していくような爽快さでもあります。
ただファッション雑誌の編集者という仕事には正解がないため、考え始めたらきりがなく、オンオフの時間を切り替えにくいのが難点。その悩みを解決してくれたのは仕事とは直接関係のない、大人になってから出合ったいくつかの趣味でした。
熱狂の渦に身を任せて
ひとつはサッカー観戦。地元チームの応援をしていた母の観戦に付き合ったことがきっかけだったのですが、スポーツには縁遠かったはずの母をも夢中にさせたように、しばらく文化活動が主だった私も引き込まれるようになっていきました。
もともと学生時代はソフトボールやバスケットボールなど球技系チームスポーツをやっていたので、戦術云々よりもあの一体感の記憶が脳裏に甦り、みるみる間に虜に。特に夏の晴れた夕暮れ時など、ビール片手に声をあげて応援するスタジアム観戦は格別。リーグ戦であれば通常2時間のなかで結果が出るので、スタジアムでなくともテレビやネットでの観戦でも、完全に仕事とは切り離される非現実の時間が効率的に持てます。
そのうちに顔面偏差値の高いお気に入り選手を見つけ、そのプレー、はたまた一挙手一投足を追うようになり……かれこれサッカーウォッチング歴は15年以上。試合はもちろんですが、選手のキャラクター、チーム内での立場、移籍にまつわる噂、選手同士の関係性など、すでにサッカー界全体の人間模様にまで興味が広がっている有様です。
華麗を極めるひととき
またサッカーとは180度趣を異にするオペラも最近深めている趣味のひとつ。
数年前ドイツからウィーンへひとり旅をしたとき、初めてのことを体験してみようとウィーン国立歌劇場でオペラを観たのが発端です。それまでオペラのオの字の興味も知識もなかったので、集中力がキープできるのか、席はどこかいいのか、ドレスコードはどうなのだろう……と不安だらけ。けれど足を踏み入れてみれば、歴史ある豪奢なインテリアが出迎え、日本企業が支援していることもあるのか、日本語字幕も完備されたロジェと呼ばれる4〜5人が入るボックス席での鑑賞は、由緒ある劇場でこその特別な体験でした。
クラシックな演目の多くは、叶わぬ思いや裏切り、悲恋など普遍的な人間の内面が描かれ、基本ストーリーも比較的シンプルです。だからこそ演出やキャスティングの妙を楽しむ部分もあり、演目を象徴するアリア=独奏曲が、ある意味クライマックス。おそらく誰もが一度は耳にしたことがある曲ばかりだと思います。
ウィーンで鑑賞した演目は「愛の妙薬」で、アリアは「人知れぬ涙」。私はヴィットリオ・グリゴーロという人気イタリアンテノールの情熱あふれる歌声にすっかり魅了されてしまいました。音楽と演劇で構成されているオペラは、大袈裟とも思える演技や歌唱のドラマティックさも醍醐味。
以来映画館で上映されているメトロポリタンオペラやウェブでのライブストリーミングなど、東京にいながらこれまた3時間ほどの非現実世界へ出かけています。
輝きに込められた思いをまとう
おしゃれにおいてもデザインの良さだけでなく、ものづくりに込めた思いやこだわり、その過程をもっと深く知って手にしようという人が増えています。
そのきっかけとなったのは、最近よく耳にするサステナブル。環境への配慮を心がけ、持続可能な発展を促す考え方です。特に洋服や靴&バッグなど、流行に左右されがちなアイテムでは、在庫素材に再び命を吹き込むアップサイクルや、動物の革ではなく人工的に作り出したヴィーガンレザーなどが登場しており、作り手の誠実な姿勢が求められています。
直接肌にのせるジュエリーは、そういう作り手の思いをより身近に感じられるアイテム。品質や自分らしさを吟味して長く使いたいと考える人が多いようです。宝石を使ったジュエリーであれば、石が持つ理屈ではないパワーも相乗効果を発揮します。石のカッティング、配置やどういう輝きを狙って作られているのかなど、作り手の創意工夫を理解して身にまとえば、また一段と親近感が高まります。
そんなふうに自分自身が身につけるものも、ひとつひとつ「なぜ?」を解読し知識欲を満たしていくと、ものへの愛着が深まり、長く大切に使っていくことができるのではないでしょうか。当たり前の日常のなかにこそ、人生の喜びが隠されているのです。