With HANDSOMUSE vol. 15 ― メイクアップアーティスト 松井里加さん 公開中
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With HANDSOMUSE vol. 6

心を届ける。

20.04.10

古泉 洋子Hiroko Koizumi

ファッションエディター。
婦人画報社(現ハースト婦人画報社)ほか出版社に勤務。さまざまな雑誌編集部に在籍しファッション企画を担当後、フリーランスに。
インターナショナルなモード誌から女性誌まで幅広いターゲットの雑誌で、スタイリングも担うエディターとして、また雑誌のファッション部門全体のエディトリアルディレクション、カタログのヴィジュアル制作も手がける。

心を届ける。

それなりに長く生きていると、人生にさまざまな光と影がもたらされます。
個人的な出来事をあげればきりはありません。ファッション雑誌の編集者という憧れの仕事を始めた頃のドキドキとハラハラ、思い描く理想の大人に近づけなくてもがいていた30代、世界を自由に旅することで得られた発見や喜び、尊敬する人との出会いと別れ……。

それとは別に自分の力ではどうにもならない、現在のような不測の事態も起こります。けれど影のときにこそ、気づきがあることも確か。不安や不自由さと引き換えに、人の温かみ、思いを届けることの大切さを今、世界中の人が感じていることでしょう。SNSで発信されるアーティストの透き通った歌声に癒され、離れている友人からの気遣いのメールに心和み、希薄になっていた家族の絆を取り戻している人も多いかもしれません。

気遣いのさりげなさに癒されて

普段から人と人のコミュニケーションが活発な私の仕事では、新製品のトライアルを始め、さまざまなシーンでギフトをいただく機会があります。
先日、とあるスタイリストの方が経営されているハウススタジオをお借りして撮影する機会があったのですが、私が希望したことがすべて叶わなかったお詫びとしてスタジオのテーブルに置かれていたのは、まるで小さな花束のようなハーブティー。「みなさまでどうぞ」の丁寧なメッセージも添えられていました。できそうでできない、こういうさりげない気遣いを受けると、ハードな仕事でも心が柔らかくなり、いい撮影になるものです。

華やかさと真心は共存する時代

そんな心くばりは、女優やタレントをゲストモデルとしてお招きする撮影でも欠かせません。私は撮影のオーガナイズを行う側になるので、多忙なスケジュールをぬっての貴重な時間をさいてくださった主役が、できるだけ心地よく、気分が上がるように配慮します。事前に過去の取材記事などをリサーチして、好きな食べ物、苦手な食べ物などを調べておきます。特に意識の高い女性ならお水は常温、お肉は得意でないなど、人それぞれの嗜好があるので、それを踏まえて用意します。このところは健康にこだわった見栄えのいいお弁当類が増え、チョイスに迷ってしまうほど。
そのなかでもあるヴィーガンのケータリングはオーダーメイドで女性がひとりで作り、運んでくれる真心のこもったもの。カラフルで美しいうえにヘルシーなメニューに、箱を開けたとたん「わ〜っ、素敵!」と声があがり、場を盛り上げてもくれます。

贈りもの大好き家族

もともと我が家は贈り物のやりとりが多く、その習慣は私自身も自然と身についています。地方に住む親戚からはその土地の季節の名産品、例えば毎年初夏には仙台からは生雲丹、早春には新潟からはとう菜という地域野菜が届きます。私はお返しにそれぞれの家庭の好みに合わせて、東京の新しくて美味しいものをお返しするのですが、時折気がつくと、そのやりとりが無限ループのように繰り返されることも。上品なこしあんが入った珍しい高級食パンや、幻の古代黒豚を使ったイタリア産生ハムを次回用に、とリストアップしています。

もちろん同世代の女性同士が集まる席には、荷物にならないような小さなギフトを用意します。直前の旅のおみやげも多いですが、ミラノなら人気の歯磨き粉、リスボンでは魚介の缶詰と、パッケージがおしゃれなものが旅のエピソードを伝えるカンバセーションピースにもなるので便利です。

幸せを分け合う

慣習が簡略化されている昨今ですが、日本に根付くお年賀、お中元、お歳暮といった季節のご挨拶文化はできるだけ途絶えることのないよう大切にしたいもの。以前在籍していた編集部では、京都のしば漬=着物の大先生を、麻布十番の豆菓子=美容界の重鎮と、その品が贈り手の存在を伝える役割を果たしていました。
私もそういう先人たちの心遣いを見習い、お世話になっていた編集部に晩秋限定の奈良・吉野の紅葉柿の葉すしをお贈りしたところ、大変喜ばれた記憶があります。それをきっかけにこの品がその雑誌のおもたせ企画に紹介され、家族で経営されている小さなお店もハッピーになりました。

審美眼を輝きに込めて

ファッションのアイテムのなかでも、思いを込めて長く大切にできるのがジュエリーです。愛の証として贈られることもあるでしょうし、これからの時期なら母の日のギフトにも喜ばれるはず。最近では自分へのごほうびにという方も多いかもしれません。誕生日やクリスマスといった定番のとき以外にも、就職、転職、出産、プロジェクトで頑張った自分を称えて購入したり、スタートアップするにあたり先に高級なジュエリーを手に入れて自ら奮起を促すという話も伺ったりします。人生の節目に一点ずつ揃えて、自分らしいジュエリーワードローブをつくりあげていくのは楽しい作業です。

成人するにあたり、祖母にネックレスを買ったもらったときのやりとりは、今でも私のもの選びの基準になっています。若さゆえ、当時流行っていた80年代風の遊びのあるものに惹かれた私は「ロングネックレスがいい!」と懇願。ところが「こういう記念になるものは、飽きのこないスタンダードなデザインにするべきよ」と諭され、しぶしぶ了承することに。そのネックレスは今ももちろん愛用していますが、むしろそのときの祖母からの教えこそが、財産だと思い知らされています。

ものを贈る−−−そこに込められた思いや優しさ、センスや価値観こそが、心に刻まれていくのです。

 

Hiroko Koizumi’s Column