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With HANDSOMUSE vol. 7

美意識の高みを目指して。

20.09.10

緒方 環Tamaki Ogata

イラストレーター。
1968年生まれ、多摩美術大学テキスタイルデザイン科卒業後、渡仏。

墨の濃淡で人物、植物、ファッション等を描く墨画(SUMIGA)を創出。
国内外のアパレル・コスメブランドへのイラストレーション提供や
書籍の装画、レストランの壁画など幅広い制作活動を展開。
2011年よりテーブルウェア「hakuji」のデザイン&プロデュースも行う。

パリで出合った本物の価値

20代の前半、私は2年ほどパリで暮らしました。今、思い返しても、それまでには見たこともない素敵なものとの出合いでした。なかでも初めて訪れたフランス人一家が住まうパリのアパルトマンは忘れることができません。お祖母様から受け継いだ燭台や蚤の市で見つけたオールドバカラのワイングラス、現代アートの絵画作品。卓越したセンスの塊のようなインテリアのリビングにさりげなく置かれた、ヘリット・トーマス・リートフェルトのレッド アンド ブルー チェア。その名作椅子を日常使いする彼らのスタイルこそ、まさにフランス式の生活美学=アール・ド・ヴィーヴルの体現だといたく感激したことが昨日のことのように思い出されます。とにかく本物を見て聞いて味わって、五感をフル稼働させた日々でした。

おかげで帰国した時には(自分でいうのもおこがましいのですが)すっかり美意識が高くなったと思い込んでいたのです。それゆえ日本に戻ってからの私は、衣食住の1から100までこだわり抜いたライフスタイルを、かなり理想に近いかたちで実践していました。そんな自分に酔いしれ、ますますストイックさが増していったことは否めません。

譲れない“こだわり”の正体

私は自分の身の周りのものを選ぶとき、決まって先にオリジナルの理想像を頭にくっきりと思い描きます。ファッションはもちろんのこと、ワイングラスやまな板、歯ブラシ一本でさえも。タオル、シーツ、下着はすべて白、ちょっとでも生成りがかっていてはダメ。見た目が美しいものであれば使い勝手が悪くても良し。なかでも家電は特に厳しくジャッジしていました。冷蔵庫は「お気に入りが見つかるまではいらない」と言い放ち、電子レンジや炊飯ジャーに至っては「デザインが良くない」という理由で、例え不便でも持つことはありませんでした。

ダイニングテーブルのエピソードが象徴的な例です。どういう素材で色やフォルムはどうなのか微妙な質感に至るまで、私の頭の中では手に入れたいテーブルの完璧なイメージができ上がっています。「今度こそ出合えるかも!」と期待を胸に、暇さえあればどんなに遠くのインテリアショップであっても足を運んでいたのですが、ことごとく落胆で終わるという繰り返しでした。“妥協”の二文字を持ち合わせていなかった私は結果、中庸なものでやり過ごすことなどできず、理想の一点が見つかるまでの間、なんとキャンプ用のテーブルに真っ白なテーブルクロスをかけて食事をしていたのです。

ある時、私の部屋を訪れた母が、そのテーブルを目にするなり「またか……」と半ば呆れたような表情を浮かべました。おそらく幼少期から、私の強いこだわりは随所に見え隠れしていたのでしょう。細かなディテールまで自分でイメージをつくりあげ、それに出合うまで探し求める---多少の文句を言いつつも、母は根気強く、そんな娘の性分に付き合ってくれていたのですから。つまりはこの面倒くさいほどの“こだわり”の下地はすでに子供の頃からあったもので、パリの生活を経て、さらに拍車がかかったのでした。

理想が愛着へと昇華するとき

このダイニングテーブル探しの旅は、最終的にセミオーダーというかたちで落ち着いたのですが、仕上がるまで1年近く、もちろんキャンプテーブル生活を続けたのはいうまでもありません。でき上がった理想のテーブルが我が家にやってきた日。あの喜びといったら!嬉しいを通り越して“愛おしい”と表現したくなるほど。狭い部屋の真ん中でどっしりと構える姿を見ては、満足げに何度も一人笑みを浮かべていました。そこまで思い入れて手に入れたものゆえ、30年経った今、すでにダイニングテーブルとしての役目は終えてはいますが、アトリエでワークデスクとして現役です。

 

Tamaki Ogata’s Column